俳優の竹内蓮くんから、公演のお知らせを貰った。
竹内くんが所属する劇団スポーツのNOWHEREという翻訳劇を上演する企画の第二弾で、ハロルドピンター『THE DUMB WAITER』(料理昇降機が日本訳)を上演するそうだ。
元々この企画には興味があったので、特にスケジュールも確認せず「絶対行く!」って打って返した。このままスケジュール帳を観ずに予約せず、そのまま逃すこともままある私。
Xで稽古場見学を募集する投稿を見ていたので、「見学行きたい!」と続けて打った。
最近は隙あればポケモンカードのショップイベントに行っていて、それまでの時間暇だったので、軽い気持ちで翌日の見学に行くことにした。
稽古は基本10時から17時で行なっているそう。
最初からいるのもなぁなど思って家でぐだぐだして、稽古場に着いたのが14時過ぎ。流石にちょっと焦って、塩分チャージをお土産に覗いたら、ちょうど稽古の最中だった。
演出の内田倭史くんとアイコンタクトを取って申し訳なさを全力で送りつつ、隅っこの椅子に座る。みんな笑顔で迎えてくれてよかった。
到着した時、ちょうどワークを行っていたようで、引き続きワークに戻る。
戯曲のテキストを直接やるのではなく、上演の助けになりそうなゲームのようなことをやったりしている。ワークと言ったりエクササイズと言ったり色々だけれど、その時のそれも、そういうものだった。
「戸惑い」というワークだった。
2人がそれぞれ、お客さん、店員、となって「イス」をオススメする。はじめは2人とも、いいイスですねぇ、そうなんですよすごく良くてぇ、という感じで気持ちよく会話する。
一回切って次に、「イス」を「テーブル」に変える。
店員は同じように「テーブル」をお勧めするが、お客さんは、良いイスですねぇ、と言う。
明らかに「テーブル」である物体を「イス」と言われて、店員は、え?、とか、いやテーブルです、とか言う。ざっくりとそういうワークだった。
了解の取れない異常な事態に対して「戸惑う」、もしくは異常事態を信じきって「戸惑わせる」現象を体験するワークだったように思う。
途中から僕も参加させてくれて、実際にやったりした。僕の履く「スニーカー」を「革靴」だって内田くんが言ってきた。ムズイけど面白かった。異常事態を冗談以上に受け取るのに結構時間がかかったけど、だんだん世界が崩れてく感覚があった。見れば見るほどスニーカーだし、なんなら気にも止めていなかった傷とかが見えたりして、「スニーカー」として再発見していくのに、「革靴」と言われ続けると革靴らしさも変に感じていくという、奇妙なバランス感覚だった。
ワークを終えて、シーンのリハーサルに戻る。
『THE DUMB WAITER』は、地下室に閉じこもった2人の殺し屋が、正体不明のボスからの暗殺指令を待つ中で、謎の料理昇降機(ダム・ウェイター)から届く料理の注文に翻弄されていく物語です。って、AIが。
わたしも随分前に読んだ。
その料理昇降機が動き始めるシーンだった。
こういうシーンでよく起こることだと思うというかすごく身に覚えがあることとして、テキストのセリフや状況を「引き起こさなければ」いけないこととしてそれに躍起になっちゃって、実際に上演空間で起きていることへのリアクションというか関係が薄くなってしまうことがある。
多分、さっきのワークはそれを打破するというか、もう少しライトに「戸惑い」を体験することで感覚を掴ませようとするものだったと思う。
『THE DUMB WAITER』はこの料理昇降機に限らず、色々な異常が起こる劇だと思う。もっというとどんな劇でもそうだと思うから、良いワークだなぁと思った。
ハロルドピンターは硬派な不条理劇の印象がある。軟派はベケット。な気がする。
どっちも面白い。
ある程度進んで、一旦ストップ。
内田くんが「どうでした?」
竹内くんと田島実紘くんから、やってみての感想がある。「ラバン」「リピテイション」という単語が聞こえてくる。
どっちも西洋の演技論で色々ある言葉。説明はややこしいから省略。
この瞬間は身体に馴染んだけど、とか、あんまり馴染まなかった、など言っていた。
内田くんは、見ていて違和感のあった部分を伝えるけれど、オーダーはせずそれを聞いて俳優が調整していく、という流れだった。
わかんないけど、俳優自身の感覚が主軸となって上演が生まれるんじゃないかと感じて、ワクワクした。
同時に、西洋の演技論が共通言語として結構稽古場に浸透している感じがして、面白いなと思った。
休憩。
マジで良くわかんない喫煙所が稽古場内にあって、連れて行ってもらう。意味わかんない場所だった。
竹内くんも田島くんも「やばいぜぇ」「すごいぜ」など、慣れないひと昔前の翻訳ことばに慣れるためなのか、変だった。変なのと思ってニコニコ聞いてた。
休憩明けて、またワーク。
「エモーショナルボイス」というらしい。これも混ぜてもらう。
2人1組になって、あ?とかえ?とか周りにあるものを発見したり笑ったり怒ったりするのを、さも1人の存在であるようにシンクロさせて行うというものだった。
それを終えて、さっきやったシーンの少し前を稽古。今度は、テキストのセリフだけでなく、セリフの前に「あ?」とかの感嘆の音を声に出してからセリフを言ってみる。
めちゃ面白かった。
部屋に引き起こる異常や相手の言動へのリアクションの質とかがざっくり言って「信じやすい」感じがした。素直に表に出るからかもしれない。
何度か繰り返して同じシーンをやってみる。
ラバンの選択も変えてみたりしながら、徐々にテキストの言葉だけになっていく。
そうすると、僕にはさっきまであった面白さが、少しずつ遠のいていくように感じられた。
多分、様々な考え事で俳優自身が面白がる感覚が薄くなったからだと思うけど、すごくわかると思って見ていた。稽古が大体、最初色々面白くて次第につまんなくなって、もう一回面白くなってつまんなくなって、上演の時には全てを超えるようで超えない感じの感覚で、終わる。みたいなバイオリズムがある気がする。
良い稽古だと思った。
シーンのとある部分、異常な物体に対して田島さんが「あれ、なんだ?」って言う場所がある。
内田さんから、「あれ、という言葉に違和感がある距離だ」ってフィードバック。
田島さんはあまり違和感なく言えているみたい。確かに自分も見ていて違和感があった。
ドラマトゥルクのココカコさんが、実距離ではなく、スタンスとして近寄り難い身体があれば、距離が近くとも「あれ」は成立するのでは?と提案。納得。
ココカコさん含め、良い信頼関係だなと思った。ズケズケしているわけでもなく、それぞれが素直に色々言って、反映されたり反映されなかったりしながら、シーンができていった。
休憩中に、舞台セットの中に立ってみると、田島さんの立ち位置から「あれ」を言うのは確かに違和感がなかった。面白いなぁと思った。
俳優の実感を、目撃する観客はどのくらい「信じる」ことができるんだろう。
ただ、「信じやすい」状況というものはあって、今回の場合は立ち位置が解決したように思えた。
戯曲を上演するってことがどういうことなのか?って自分のメモにあった。
戯曲を読むって体験は、脳内でいろんな想像をする。ただ、形式的に、何が起きるのかイマイチわかんないところがある。上演は、書いて記録された現象を再現する行為でもある。でも、分かりやすく読解を手渡すだけだとちょっと勿体無い。
戯曲を使ってとある上演を行うってことが、何なのかってことをより考える時間だった。
俳優が何かを体験する、それを観客も追体験する、というのは先ずあるだろうと思っている。
ドラマの紹介ではなく、俳優の感覚を頼りに、俳優の身体感覚と観客の鑑賞感覚?を繋ぐ上演になる糸口がたくさんあって、ワクワクした。
そうこうしてたら稽古が終わって、稽古が終わった後もあれこれ話してて、ポケモンのイベントには行かなかった。
Xで内田くんが、ピンターが残した戯曲をとにかく遊び尽くす、と言っていて、本当にそういう稽古だった。その自由さと真剣さが、劇団スポーツのこの企画の良いところだと思ったし、稽古こそが楽しみであるって感じも良かった。
なので、レポート書くよって言ってみたらオッケーされたから、書きました。
藤家矢麻刀と申します。俳優やってます。
誰なんだという方、はじめまして。
見学も上演の予約もまだ受付中みたいなので、皆さんも良かったらぜひ。
https://twitter.com/gekidansport?s=11&t=NGVoKNS1dnVpkZL5yjUdmw
最後疲れてメモ書きになりました。すみません。暑いし最悪と最高がいっぱいある日々ですが、またどこかで!
藤家矢麻刀
